この夏、エベレストの『空へ』に 続く山岳小説
北鎌尾根で幕を下ろす『孤高の人』を読了
新田次郎・著 『孤高の人』上下 下巻 解説より
「いかなる場合でも脱出路を計算に入れた周到な計画のもとに単独行登山に挑んできた文太郎が初めてパーティーを組んだのは昭和11年の厳冬であった。家庭をもって山行をやめようとしていた彼は友人の願いを入れるが、無謀な計画にひきづられ、吹雪の北鎌尾根に消息を断つ。日本登山界に不滅の足跡を遺した文太郎の生涯を通じ”なぜ山に登るのか”の問いに鋭く迫った山岳小説屈指の名作である。」
加藤文太郎という不世出の登山家は一体、何者だったのか。読み終えた直後、何とも言えない虚しさと同時に怒りがこみ上げやりきれない思いがした。その一方で "単独行の文太郎"のように 自分自身であらゆる道を切り拓いていく姿は 一人の人間として共感を覚える。そこには厳然とした責任が存在する。誰のせいにもしないという大きな責任。そして「なぜ山に登るのか」という問いに、山へのひたむきな愛と、その足跡の中に答えがあると感じつつも 家庭を持つことで変化した文太郎の心中と、のこされた家族を思うとやり切れない。
作者の新田次郎氏がこの作品を書くに際し 加藤夫人から「ぜひ実名に」と申し出があったとのこと。本の表紙に添えられた氏愛用のピッケルとカメラは生きた証、アプリはおろか装備も充分でなかった時代に 現実にいた登山家の物語なのだと 思い知らされる。
今も変わらずそこに聳える槍ヶ岳から続く雪の北鎌尾根のカバー写真が悲しくも 美しい。
夏、大人の課題図書として 読了直後に記していた感想文。かなりエネルギーを消耗してしまった。 それからしばらく経過してみると、やりきれなかった思いが 徐々に消化しつつあることに気づきました。 季節は進み さて、次は何を読もうかな。
シーズン終盤に入ってからも そして先週今週と目にする遭難の記事。北鎌尾根でも。胸がいたみます。 「無事、帰る」 行く人も、待つ人も こころにとどめておきたい。 大切な祈りの言葉を。